2016年11月22日火曜日

5-6世紀の聖書解釈 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #5

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp. 110-20.
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隆盛を誇ったアレクサンドリアの伝統も、4世紀の終わりから5世紀の始めにかけて、次第に衰退していった。それは、第一に、オリゲネス論争の影響ゆえであり、第二に、アンティオキア学派の来襲ゆえであった。すなわち、アレクサンドリア学派の没落は、アンティオキア学派の興隆と軌を一にしていたわけだが、5世紀中葉になると、もはや両学派とも往時の勢いを失っていた。学問の中心も、それに伴って、エデッサ、ニシビス、そしてガザに移っていったが、それらは皆かつてのアレクサンドリアやアンティオキアには匹敵しないものだった。

6世紀後半のアグリゲントゥムのグレゴリオスは、表面的な聖書解釈を乳に、またより深い聖書解釈をバターになぞらえつつ、寓意的解釈を行なった。ただし、予型論的解釈や、ときには字義的解釈をも用いたこともあった。

この時期になると、ギリシア語による黙示録注解が初めて書かれるようになった。6世紀から7世紀にかけて活躍したオイクメニトスは、極めて寓意的に黙示録を解釈した。彼はオリゲネスの強い影響下で、黙示録を単に終末論的にだけではなく、より広く教会的に解釈した。同時期のカイサリアのアンドレアスは、黙示録の権威を高めるために、アジア派的な千年王国論を強調した。

6世紀のガザのプロコピオスは、東方における聖書解釈の形式に関して、ターニング・ポイントとなった。彼は、聖書解釈において独自性を打ち出すことをやめ、一節毎に、多くの異なった既存の聖書解釈を抜粋することにしたのである。そうすることによって、読者は教父の聖書解釈を統合的に読むことができるようになった。こうした形式は、カテーナと呼ばれた。通常、カテーナにおいては、ページの中心にある聖書のテクストの周りの欄に、いくつかの聖書解釈が配置され、冒頭には属格でその解釈の著者の名前が書かれている(ただし、その著者名はしばしば間違えていることがある)。抜粋は文字通りの場合もあれば、要約されている場合もある。ディオドロスのように、カテーナでしか読むことのできない著者の作品があるので、現代の研究者にとってカテーナは重要なソースである。ただし、こうした形式が増えたために、きちんとした注解が廃れたことも否めない。

6世紀前半のハドリアノスは、聖書中のさまざまな非合理的な描写を正当化しようとした。たとえば、神人同型説は読者の便宜を図ったのである。

西方においては、蛮族の侵入によって、統一されたローマはなくなり、ローマ文化と蛮族文化とがさまざまに混ざり合う状況を呈していた。そこで、聖書解釈においても、いきなりヒエロニュムスやアウグスティヌスの注解に当たるというよりは、要約を読む方が好まれるようになった。たとえば、5世紀のリヨン司教エウケリウスは、寓意的解釈に基づく短い注解や、問答形式の注解を残している。

ヴァンダル族の支配下にあったアフリカにおいては、アリウス主義との神学的な戦いが行われていた。カルタゴ司教クオドウルトデウスは、倫理的な寓意的かつ予型論的な注解を残している。6世紀初頭のウェレクンドゥス・ユンケンシスもまた、アリウス主義の蛮族の排斥を意図した注解を残している。

西ゴート族支配下のスペインにおいては、セビーリャのイシドルスユリアヌスのように、編集を伴うコンピレーション形式の注解が流行した。6世紀中葉のウルジェイのユストゥスや、ベージャのアプリンギウスは、キリスト論的かつ教会的な解釈を展開した。

ガリアにおいては、4世紀の終わりから5世紀のはじめにかけて、ポワティエのヒラリウスに代表される聖書解釈の隆盛は最高潮を迎えたが、その後は衰えた。アクィタニアのプロスペルの聖書解釈は、師であるアウグスティヌスの要約だったし、サロニウスのそれは、ヒエロニュムス、アウグスティヌスらの聖書解釈を問答形式に再編集したものに過ぎなかった。問答形式への再編集は、ヴィエンヌのアヴィトゥスの注解にも見られる。アルルのカエサリウスは説教で有名だが、彼の説教は、教育を受けていない人々が分かるように、あえて低俗に書かれ、予型論的であれ倫理的であれ、寓意的な彩色が施されている。

ゴート族支配下のローマでは、まだある程度の聖書解釈の伝統が命脈を守っていた。ヴィヴァリウムの修道院にいたカッシオドルスは、アウグスティヌスを中心に、オリゲネス、ヒエロニュムス、そしてアレクサンドリアのキュリロスらの聖書解釈をソースとして用いた大部の要約聖書解釈を著した。その多くは寓意的なものであったが、しばしば字義的解釈が横に並べられることもあった。この注解は、テーマを共通させつつ統合的であり、なおかつ文法的な解説をも含んでいた。

この時期における聖書解釈上の大きな進展は、5世紀に南仏で活躍したヨハネス・カッシアヌスによる、聖書解釈の四区分である。オリゲネスは、字義的・霊的・倫理的という聖書の三重の意味について言及したが、カッシアヌスはこの「霊的」解釈を「予型的」解釈と「神秘主義的」解釈とに分けることによって、聖書には四重の意味――字義的(historia)、倫理的(tropologia)、予型論的(allegoria)、神秘主義的(anagoge)――があることを示したのである。この四区分は中世に広く普及することになる。

2016年11月21日月曜日

西方の聖書解釈史 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #4

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp. 86-109.
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西方の聖書学は、2世紀のアフリカで聖書が部分的にラテン語訳されると、次第にラテン世界で広まっていった。初期の注解者としてはローマのヒッポリュトゥスがおり、彼は詩篇を寓意的に解釈した。ノウァティアヌスは、ユダヤ人の字義的解釈を批判した。ペッタウのウィクトリヌスは聖書に出てくる数字を神秘主義的に解釈した。ただし、こうしたラテン世界の解釈は、同時代のギリシア世界でエウセビオスらによってなされていた解釈にはまるで匹敵しないものだった。

西方の聖書学もまた、東方のモデルを受けついで、説教、組織的な注解、そして問答の三形式で行なわれた。ラテン教父たちは、ヒエロニュムスを除いて、聖書の文献学的・歴史的な側面に関心を持たず、概して寓意的解釈にいそしんだ。ヒラリウスもアンブロシウスも、オリゲネスとフィロンの影響下で典型的なアレクサンドリア的解釈を行なった。とりわけアンブロシウスは、字義的・倫理的・神秘主義的な意味を区別した上で、オリゲネス同様に神秘主義的な意味を最も重視した。またヒエロニュムスやルフィヌスによるオリゲネス説教のラテン語訳も、ラテン世界にアレクサンドリア的な聖書解釈を広める一助となった。

一方で、アンティオキア学派からの影響は大きくはなかった。ただし、ウィクトリヌスやエクラヌムのユリアヌスらは、モプスエスティアのテオドロスらの影響で、字義的解釈を多用している。といっても、彼らも雅歌における恋人たちを、キリストと教会の比喩において理解していた。いうなれば、多くのラテン教父は、あるときは寓意的解釈をやめて字義的に解釈するようになるし、またあるときはアレクサンドリア風の寓意的解釈を求めたのだった。

4世紀のマリウス・ウィクトリヌスは、文献学や文学の知識を持った異教徒の文法学者だったが、長じてからキリスト教に改宗した。彼はギリシア語に堪能だったために、オリゲネスらのギリシア教父の聖書解釈を自分で学ぶことができた。彼はさまざまなラテン語テクストを手元におきつつ、パウロ書簡の字義的な解釈を基にした注解を書いた。彼のパウロ書簡注解には二つの特徴がある:第一に、旧約聖書に関する知識が乏しいこと、そして第二に、同時代のパウロ書簡への関心の高まりと軌を一にしていることである。事実、ウィクトリヌスの時代には、アンブロシアステル、ペラギウス、ブダペスト写本、ヒエロニュムス、ルフィヌス、そしてアウグスティヌスといった教父たちがパウロ書簡の注解を発表している。

ドナティストであったアフリカ人ティコニウスは、聖書解釈の7つのルールをもうけた。第一に、聖書は、キリストに言及するときに、キリストとその体である教会とを分けていない。第二に、聖書が言及する教会とは、よき人々と悪しき人々という二つの部分からできている。第三に、ローマ書とガラテヤ書とで矛盾している一節は、律法から信仰へと移ったためである。第四に、聖書はしばしば部分から全体へ、また全体から部分へと移る。第五に、聖書の時系列の矛盾は換喩法によって解決である。第六に、聖書はしばしば、より広い範囲をカバーするはずの概念を、あえて一つの重要なときに配置する。第七に、聖書は、悪魔に言及するときに、悪魔とその体である悪に属する人々とを分けていない。

ティコニウスは黙示録に関する注解を書いたが、これは同時代のペッタウのウィクトリヌスのものに比べると、より寓意的で霊的な解釈であった。ウィクトリヌスは千年王国説が基づいている箇所については字義的に解釈していたが、ティコニウスはそれすらも寓意的に解釈することで、実質的には千年王国説を成立しないものにしてしまったのである。

ヒエロニュムスの聖書解釈は、特に初期においては、オリゲネス、ディデュモス、そしてアポリナリオスらのそれをパラフレーズしたものにすぎなかった。彼はそのことを批判されると、自分の注解はラテン語読者に東方の異なった聖書解釈を示すことにあるのだと反論した。しかし、ヒエロニュムスは文法学者ドナトゥスに鍛えられ、オリゲネスの文献学に触れたことで、ヘブライ語テクストからの聖書翻訳を始めるに至った。

ヒエロニュムスは、オリゲネス論争が始まると、反オリゲネス派にまわる。そのときに、彼はアンティオキア学派の文献学的・言語学的な解釈という新しい尺度を自身の聖書解釈に取り入れた。彼はこうして、アンティオキア学派に従って、アレクサンドリア学派の恣意的な寓意的解釈への批判をする一方で、オリゲネス由来の聖書の三重の意味(歴史的、倫理的、霊的)をも認めるようになり、その注解は一貫性を欠くようになった。ヒエロニュムスの聖書解釈は、中庸であるゆえにとりとめがなく、その寓意的解釈には必然性がない。いうなれば、ヒエロニュムスの素晴らしさは、聖書解釈の方法論の一貫性や独創性ではなく、文献学的な視点や素材の豊富さにあるといえる。

若い頃には聖書に感心していなかったアウグスティヌスは、アンブロシウスの影響下で寓意的解釈を強く押し進めた人物である。彼は極めて修辞学的な繊細さを持ち合わせており、それを教会における説教で、比較的学問のない信徒たちを霊的に励ますために発揮した。これは、学問的かつ文献学的な性格のヒエロニュムスとは大きく異なる点であった。彼の基本的な解釈法は、アレクサンドリアの伝統に則った強い寓意的解釈だが、生涯の中で複数回行なっている創世記注解を比較すると、後期には寓意的でない解釈にも理解を示している。彼はひとつの聖書箇所に複数の解釈があることを認め、それを神意として受け入れた。彼の理解では、それは神が聖書テクストをより豊かにするために施した工夫だったのである。

2016年11月17日木曜日

東方の聖書解釈史 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #3

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp. 53-85.
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4世紀から5世紀にかけて、説教と注解の二大ジャンルによる聖書解釈の伝統が花開いた。これには当時の神学論争における、アレイオス主義とマニ教の脅威への対抗意識も働いている。オリゲネスに代表される寓意的解釈の影響は絶大だったが、その方法論の恣意性は、たとえば新プラトン主義哲学者であるポルフュリオスらによって、批判の対象にもなっていた。また、歴史的、科学的、考古学的な聖書の読み、すなわち世俗的な関心に基づく聖書の読み方も、寓意的解釈よりは字義的解釈を引き寄せることになった。

カイサリアのエウセビオスは、オリゲネスの崇拝者ではあったが、その文献学的な側面に注目した。事実、彼はオリゲネスの『テトラプラ』を筆写している。エウセビオスの聖書解釈の特徴は、歴史的・考古学的な関心を持っていたことである。ただし、そうした関心は予型論的な解釈と結びついていた。確かにエウセビオスは歴史的な人物としての父祖たちに大いに関心があったが、それはキリストの予型としての彼への関心であった。ヒエロニュムスは、エウセビオスがイザヤ書を歴史的に解釈すると言いながら、実際にはオリゲネス的な寓意的解釈をしている点を批判している。エウセビオスによれば、預言者たちはときに字義的に、またときに寓意的にそのメッセージを伝えてくるのである。この点で、聖書全体と通して霊的な解釈が可能だと考えていたオリゲネスとは異なる。エウセビオスは特に詩篇を重視した。というのも、詩篇は旧約聖書全体の要約であると考えたからである。

アンティオキア学派の黎明。シリア・パレスティナを中心とするアンティオキア学派は、七十人訳の校訂版を作成したルキアノスによって始められたと考えられているが、彼の聖書解釈は知られていない。アンティオキア学派の聖書解釈の特徴は、伝統的な予型論的解釈を伴った、字義的解釈である。ここには、ユスティノスやエイレナイオスらのアジア学派とオリゲネスのアレクサンドリア学派との両方からの影響が見られるが、それだけでなく、エウセビオスからの影響も見られる。すなわち、寓意的解釈の再考と、文献学・歴史学への目配りである。

4世紀のシリア・パレスティナ地方で、上のような影響下で字義的解釈を押し進めた者たちとしては、カイサリアのアカキオスエメサのエウセビオス、そしてラオディケイアのアポリナリスがいる。彼らは字義的解釈を中心に、倫理的に応用された予型論的解釈をも用いた。言い換えれば、彼らは寓意的解釈を否定することはなかったが、そのすべてを受け入れることもなかったのである。寓意的解釈は一見魅力的だが、テクストの問題点を解決することからの逃げでもあったからである。他にも、ニシビスのエフライムは、基本的に字義的解釈にこだわり、ごくたまにだけキリスト論的解釈をしている。これは、学術的、歴史的、そして科学的な当時の傾向をよく表している。

カッパドキア教父もまた字義的解釈を好んだ。カッパドキアはもともと、アステリオスなどアレイオス主義者が多くいた土地柄だった。バシレイオスはオリゲネスの称揚者だったが、現存する著作の中では主として字義的解釈を好み、奨励的・倫理的な説教をした。また彼は動物学など当時の科学的な知識をも活用した。ニュッサのグレゴリオスは、初期には寓意的解釈を批判したが、次第に神秘主義的な性格を強め、寓意的解釈に傾いた。グレゴリオスによれば、雅歌を始めとする聖書の語りは謎めいており、また寓話になっており、より高次の解釈を必要としている。『モーセの生涯』においては、グレゴリオスは歴史的な解釈と寓意的解釈を同じテクストに対して行なっている。後者の部分には、フィロンからの強い影響が見られる。

アンティオキア学派は、学問的な組織であったアレクサンドリア学派と比べて、組織性は低い。アンティオキア学派とアレクサンドリア学派とは、しばしばそれぞれが字義的解釈と寓意的解釈を方法論としていたという点で比較されることがあるが、近年では再考が問われている。なぜなら、アンティオキア学派の字義的解釈はそう単純なものではないからである。彼らの「テオーリア」という解釈、すなわち字義的解釈を前提とした上で、その上部にあるより高次の意味を探る解釈は特筆に値する。さらに、アンティオキア学派と一口に言っても、さまざまな注解者がいるので、一枚岩とは言えないのである。

アンティオキア学派の創始者とされるディオドロスは、寓意的解釈とテオーリアとを区別している。彼の著作は字義的解釈に終始しており、それぞれが一貫するように書かれている。

モプスエスティアのテオドロスは、旧約聖書の出来事を新約聖書の予型として解釈したこともあったが、基本的には字義的解釈を旨とした。たとえば詩篇については、はっきりと新約聖書でキリストに応用されている例のみを予型論的に解釈した。雅歌については、キリストと教会の比喩ではなく、単純な愛の歌として解釈している。またテオドロスは誰よりも旧約と新約との差を強調した。そして彼の歴史観である、異教、ユダヤ教、キリスト教の三部構造を、多神教、一神教、三位一体に当てはめた。テオドロスによれば、聖書解釈とは過度に脱線することなく、聖書の難しいところを説明することであった。テオドロスは、象徴的にもなり得る比喩的言語を否定することなく、しかし何よりも字義的解釈に拘ったのである。

ヨアンネス・クリュソストモスはアンティオキア学派でも随一の雄弁家であった。彼は字義的解釈を旨としつつも、その意図としては、聴衆を教化し、倫理的にさせようとしていた。

テオドレトスは、ディオドロスやテオドロスの厳格な字義的解釈に、伝統的なキリスト論的解釈を加えた。すなわち、アンティオキア学派特有の字義的解釈を緩め、アレクサンドリア学派の聖書解釈と和解したのである。そのためには、しばしばオリゲネスに依拠することさえあった。ただし、彼の注解は読者の便宜を図るために、極めて短いものであった。その代わり、ほとんどすべての律法と歴史書に関する注解を残している。

4世紀のアレクサンドリア学派であるアタナシオスは旧約聖書にキリスト論的な解釈を施した。盲目のディデュモスは忠実なオリゲネスの追随者ではあったが、オリゲネスの持っていた文献学的な関心はあまりなかった。ディデュモスは、字義的(歴史的)な意味はあくまで神秘的かつ寓意的な解釈へ至るための手段として考えていた。ディデュモスの『創世記注解』は、ギリシア教父によって書かれた、全体が残っている創世記注解としては最古のものであるが、ここからオリゲネスの解釈を再構成できる。またハガルとサラの物語の解釈については、フィロンのものに依拠している。

アレクサンドリアのキュリロスは、一見するとアレクサンドリア学派的な寓意的解釈を旨としたように見えるが、実際には寓意的解釈と字義的解釈の中和を図ったと見なし得る。彼の注解は、アレクサンドリア学派の誰よりも字義的であり、過度な寓意的解釈に走らず、節度を持ったものであった。キュリロスによれば、モーセはキリストの予型ではあるが、それはモーセが出てくるすべての場面でそうなのではない。すなわち、旧約聖書を常にキリスト論的に読むことはできないということである。こうした寓意的解釈への節度は、同時代におけるオリゲネスの異端論争が影響していると考えられる。一方で、アレクサンドリア学派による寓意的解釈の全体性は、キュリロスの注解では失われ、コンパクトなものになっている。

2016年11月8日火曜日

アレクサンドリア学派の聖書 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #2

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp. 34-52.
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本章では、アレクサンドリアにおける聖書解釈の伝統を扱っている。アレクサンドリア学派は、フィロンを始めとするヘレニズム化したユダヤ人の影響を受けつつ、グノーシスの聖書理解に対抗しようとした。アレクサンドリアの聖書解釈の特徴は、伝統的な予型論的解釈を軸に、天文学的・人間学的な解釈や、ときには黙示的な解釈を聖書に加えることである。端的に言えば、寓意的解釈と言える。

アレクサンドリアのクレメンス。クレメンスは、福音書を律法の現実化および成就と見なしており、旧約聖書はキリストに照らして解釈されるべきだと考えていた。彼は、聖書にはありきたりなところなどなく、すべての言葉は何らかの意図に従って書かれていると主張した。そしてその意図は、必ずしも明らかになっておらず、しばしば隠されているのである。聖書にはすぐに理解できるところと、隠された方法で表現されているところがあるのである。後者はすべての人が理解できるわけではない。またその隠されたところを理解するためには、寓意的解釈が必要になる。クレメンスは、こうした表面の意味と隠された意味とを、エジプトの表意文字を例に説明している(『ストロマテイス』5.4.20以下)。ただし、一方でクレメンスは過度な寓意的解釈がグノーシス的な極論を招くことにも気づいていた。

クレメンスは、律法を4つの部分、すなわち、歴史的部分、法的部分、宗教祭儀に関わる部分、そして神学的部分(エポプテイア)に分けて理解した。これらは当時の学問の三分野である倫理学(歴史と法)、自然科学(祭儀)、そして神学に対応している。クレメンスは、このうち特に神学に注目し、寓意的解釈によってのみ明らかにすることのできる隠された秘密の意味を、神学として探ったのだった。彼の寓意的解釈は、より率直なアジア学派のそれとは違い、より複雑だった。これはフィロンに由来するものだったが、キリスト論を中心に据える点でフィロンとは異なる。

オリゲネス。オリゲネスの解釈法自体は、その先行者たちにも見られるものだったが、その知識の深さにおいて段違いであった。オリゲネスは聖書解釈を学術へと引き上げたのである。それは、解釈の対象の広さに関してもそうだった。先行者たちが聖書のいくつかの文書しか解釈しなかったのに対し、オリゲネスはすべての文書に目を向けた。彼の聖書解釈の形式は、スコリア、説教、そして注解の三種であった。彼は文献学にも造詣が深く、聖書の底本の必要性を感じ、『ヘクサプラ』を作成した。

オリゲネスの聖書解釈の理論は、『諸原理について』の中に見出すことができる。彼は神の言葉である聖書は、ロゴスたるキリストそのものであり、言い換えれば聖書とはロゴスの永遠の受肉であると考えた。そうした聖書に見られる難解さは行き当たりばったりではなく最初から意図されたものであり、きちんと理解しようとしない者には理解できないようになっているのだった。聖書の真の意味は隠されているので、そもそも聖書の字義的な意味は、その真の意味へと到達するための出発点にすぎないのである。オリゲネスに言わせれば、聖書の字義的意味を受け入れているユダヤ人も、字義的意味に反発するばかりのグノーシス主義者も、共に真の意味が見えていないのである。

オリゲネスは『諸原理について』の第4巻において、有名な聖書の三種の意味――字義的意味(肉体)、倫理的意味(魂)、神秘的意味(霊)――について言及しているが、通常ではより単純な二種の意味――字義的意味(人間としてのキリスト)と霊的意味(神としてのキリスト)――に留まっている。オリゲネスによれば、聖書は通常の人間には理解できるものではなく、解釈者がいかに深く神の言葉に沈潜できるかが鍵なのであった。オリゲネスによれば、神自身が旧約聖書にあえて恥ずべき一節を含むことで、解釈者がより深い意味へと到達できるようにしたのだという。それが、明らかな神人同型説やありえない状況が聖書中に見られる理由である。すべては霊的な読解への移行のためなのだった。

とはいえ、オリゲネスは字義的意味にも目配りが行き届いている。彼は字義的解釈を自身の解釈システムの中に組み込んでいるのである。なぜなら、彼は聖書には感知可能な現実(字義的意味)と感知不可能な現実(霊的意味)との両方があることを知っていたからである。彼は、グノーシスのように恣意的な寓意的解釈に陥ることのないように、霊的解釈といえども字義的解釈に則り、また他の聖書の一節によって確証されるようになされるべきであると考えた。すなわち、神秘主義者としてのオリゲネスは、いつも聖書に基づいていたのである。

アジア学派が寓意を用いる際には、常に聖書の具体的なエピソードに従うかたちだったが、オリゲネスの寓意はより霊的だった。彼の聖書理解は、旧約聖書を新約聖書の影として認めた上で、真理は新約聖書においてより明らかにされたと考えた。その点で、旧約を否定したグノーシスと異なり、旧約聖書と新約聖書とのバランスを取ろうとしたのである。彼は寓意的な予型論的解釈を、ただ旧約に対して用いたのではなく、新約を天的現実の予型と見なすことにも用いた。

アレクサンドリア学派の聖書解釈の普及。この時期、黙示録を字義的に解釈することで抽出される「千年王国説」を唱える者たちが出てきたが、彼らはアレクサンドリアの寓意的解釈の伝統と真っ向からぶつかることになった。たとえば、千年王国説論者のネポスに対し、アレクサンドリアのディオニュシオスは、黙示録に隠れているより深い意味をの存在を強調した。そのためには、黙示録のスタイルと言語に注目し、黙示録の作者とヨハネ伝の作者は異なることをも文献学的に示してみせた。オリュンポスのメトディオスのような折衷的な千年王国論者は、千年王国説を信じる意味では字義的解釈に傾いていたが、それを寓意的に解釈しようとも試みた。

2016年11月6日日曜日

1-2世紀の教会における聖書 Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church #1

  • Manlio Simonetti, Biblical Interpretation in the Early Church: An Historical Introduction to Patristic Exegesis (trans. John A. Hughes; Edinburgh: T&T Clark,1994 [1981]), pp.1-33.
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本章では、1世紀から2世紀にかけての聖書解釈の概要を扱っている。

ユダヤ人とギリシア人の聖書解釈は、それぞれ字義的解釈と寓意的解釈とを特徴としている。キリスト教会において、字義的解釈は、とりもなおさずユダヤ人の聖書解釈のことだと同一視されていた。初期のユダヤ的聖書解釈としては、タルグム、ミドラッシュ、そして死海文書のペシェルが挙げられる。いずれも、聖書を現実的(actualizing)に解釈しようとする点が共通している。

ギリシア人は、文学的・哲学的テクストを読み解くテクニックの伝統を持っていた。彼らは注解形式で詩や哲学書に注釈を加えた。ギリシア人の解釈テクニックである寓意的解釈には、二つのレベルがあった。第一に、著者自身が意図していた深い意味を探るというもの、そして第二に、著者自身さえ意図しなかった深い意味を探るというものである。ギリシア人は、特にホメロスのような権威ある作品を解釈する際には、それを寓意的に捉えることで、ホメロスが馬鹿げた神話に言及していても、そこには別の意味があったに違いないと考えてホメロスを正当化したのだった。

ヘレニズム化したユダヤ教アレクサンドリアのフィロンは、注解形式と問答形式の聖書解釈を残している。彼は、ギリシア人がホメロスの解釈に用いてきた寓意的解釈を聖書に用いることによって、神人同型説を解決しようとした。これは、ギリシア人にユダヤ教を紹介することでもあった。フィロンは、字義的解釈を完全に否定したわけではないが、あくまで寓意的解釈に対して副次的なものとして理解していた。フィロンの寓意的解釈として特筆すべきは、聖書に出てくるものや場所や人の名前を、語源学的に解釈することで、寓意的な意味を引き出したことである。

新約聖書は、当時のユダヤ教の聖書解釈の方法論に従って、旧約聖書を解釈している。それは、新約聖書における旧約引用やミドラッシュ風の部分、またペシェル風の部分に見ることができる。新約聖書は、旧約聖書をメシア的に読解することで、イエスのメシア性を証明しようとした。

初期キリスト教の保守的なグループは、イエスへの信仰とユダヤ法の順守とを結びつけたが、パウロを始めとするグループは、隠された霊的な使信にこそ価値を認めた。彼らは、本当の割礼ではなく心の割礼を求めた。彼らの聖書解釈の特徴は、予型論(typology)的解釈である。彼らは、旧約聖書の出来事を、キリストと教会の予型として寓意的に解釈したのである。

初期キリスト教ローマのクレメンスは、旧約聖書を主として字義的に解釈した。ただし、パウロのように、旧約聖書の登場人物のことを、キリスト教信仰の好個の例として重視した。『イグナティオスの手紙』にはあまり旧約聖書は使われていないが、『偽バルナバの手紙』は旧約聖書をほとんどミドラッシュ的に解釈している。偽バルナバは、ユダヤ人が律法を字義的に解釈するあまり、その霊的な意味を逸してしまったのだと主張した。そこで、特に数字をシンボリックに解釈することで、旧約聖書から寓意的解釈を引き出した。

グノーシス主義。上のように、キリスト教は旧約聖書を予型論的に解釈することで、教会において旧約聖書が占める位置を確保したわけだが、キリスト教グノーシス主義者たちは、至高神の啓示としての新約聖書に対し、旧約聖書は創造神(デミウルゴス)の啓示であるとして、これを否定した。ただし、ウァレンティノス派のプトレマイオスのように、律法をある程度認める中葉の立場の者もいた。『ヨハネのアポクリファ』は、律法に書かれていることはモーセの能力を超えるものだったために、律法は事実と異なることを含んでいるのだと主張した。それゆえに、キリスト教グノーシス主義者は、旧約聖書を寓意的に解釈したのである。

グノーシス主義者の新約聖書の解釈もまた、キリストの啓示を明らかにするための寓意的なものだった。ウァレンティノス派は数字のシンボリズムに注目し、プトレマイオスやヘラクレオンはヨハネ福音書を念入りに解釈し、一節毎の組織的な注解書を著した。

アジア学派の反ユダヤ的・反グノーシス主義ユスティノスは、律法を完全に否定するのではなく、その価値を認めていた。しかし、律法はあくまでもキリストと教会の予型(typoi)であり、ユダヤ人にとっての預言(logoi)ではないと主張した。彼によれば、ユダヤ人は預言はすでにキリストによって成就していることを認めようとしないので、依然として予型をその表面的な部分でしか捉えていないのだという。アジア学派の特徴としては、予型論を重視するが、それをあくまでキリストや教会の具体的な出来事と結びつけることである。すなわち、アレクサンドリア学派のように霊的な応用をあまりしなかった。

もう一人のアジア学派であるエイレナイオスは、旧約と新約とを連続的に捉えようとした。彼もまた、ユスティノスのように、予型(typoi)と預言(logoi)との区別を重視した。彼はレビ記における、反芻とひづめによる動物の区別を用い、反芻とは律法を咀嚼すること、そしてひづめとは父と子に対する硬い信仰のこととすることで、キリスト者、異教徒、ユダヤ人を比較した。すなわち、キリスト者は反芻しひづめがある者、異教徒は反芻もひづめもない者、そしてユダヤ人は反芻するばかりでひづめがない者だと言うのである。

ユスティノスもエイレナイオスも、アジア学派の物質主義的な特徴どおり、基本的には字義的解釈を重視した。その際には、聖書の神人同型説的な記述にも違和感を覚えなかったようである。しかし、律法の予型論的解釈を用いることで、寓意的解釈をも認めていたと言える。彼らは旧約聖書の出来事をキリストの予型と捉えるという意味では反ユダヤ的であり、一方で、旧約聖書を認め、過度な寓意的解釈を否定したという意味では反グノーシス主義的であった。こうした傾向は、テルトゥリアヌスのような教父にも見られることである。

ここからも分かるように、字義的解釈と寓意的解釈との違いは、聖書解釈のテクニック的な問題というよりも、さまざまな立場間の論争上の問題であると言えるだろう。

ヒッポリュトスもまた、新約聖書のみならず旧約聖書をも積極的に解釈することで、反グノーシス主義的姿勢を明らかにしている。彼の注解は教義的には一貫しているが、解釈テクニックにおいてあまり優れているとは言えない。彼はダニエル書における殉教の記述に注目し、反ローマ的な解釈を加えている。ほとんど予型論的解釈は用いていないが、唯一用いているのがスザンナのエピソードに対してである。彼の解釈は、ユスティノスやエイレナイオスもエピソードに基づく解釈に比して、より組織的なものだったが、聖書の文献学的な事実には無頓着だった。彼は旧約聖書をキリスト論的に解釈したが、はっきりとした原理は持たなかった。

2016年11月1日火曜日

オリゲネスとアガダー De Lange, Origen and the Jews #10

  • Nicholas de Lange, Origen and the Jews: Studies in Jewish-Christian Relations in Third-Century Palestine (University of Cambridge Oriental Publications 25; Cambridge: Cambridge University Press, 1976), pp. 123-35.
オリゲネスの聖書解釈とユダヤ教のアガダーとの比較研究はすでに存在しているが、しばしばそうした研究は、両者の共通点をカタログ風にまとめただけで満足してしまっていることが多い。またラビ文学と教父文学とに共通点を見つけたからといって、それを直ちに前者から後者への直接の影響と考えるのは早計である。なぜなら、教父たちは、ラビ文学にある伝承とソースを同じくする伝承を、外典文学やフィロンなどのヘレニズム期ユダヤ文学から知ったかもしれないからである。教父たちと同時代のユダヤ人との直接的な影響関係がどの程度のものだったのかは、まだよく分かっていない。それゆえに、教父文学とラビ文学とに並行箇所があっても、他のソースの可能性を捨て去ってはいけないのである。

論文著者は、こうした前提をもとに、オリゲネスがユダヤ人から聞いたものであると明言しており、かつラビ文学に並行箇所が見られるような聖書解釈を5つ検証している。すなわち、創造、ノア、ヨセフ、出エジプト記、そして民数記である。

検証の結果、論文著者は以下のように結論している。第一に、オリゲネスは、ヘレニズム期ユダヤ人作家の著作には見られないようなアガダー的材料を保存している。第二に、ただしそれはすべてではなく、オリゲネスが言及している伝承のいくつかは、ラビ文学以外にも、たとえばフィロンに見られる。またフィロンになくとも、別の非ラビ的資料にはある可能性はある。第三に、オリゲネスが言及する伝承のソースである「ヘブライ人」は、ラビ的な性質を持っているが、非ラビ的な解釈をもオリゲネスに教えている。この「ヘブライ人」の正体について、論文著者次のように述べている:
The problem of the identity of 'the Hebrew' must remain one of the great enigmas connected with name of Origen. (p. 132)
さて、論文著者は、本書のまとめとして以下のように述べている:オリゲネスは聖書を真剣に学んだ最初のキリスト教教父である。当時の教会はシナゴーグと敵対的な関係であったが、キリスト者たちは、ユダヤ人から教えを請わずに聖書について学ぶことはできなかった。オリゲネスは、こうしたキリスト教的な聖書の学びからユダヤ教からの影響を払拭しようとしたが、それをするにはまず彼自身がユダヤ的伝統に通暁せねばならないというジレンマを抱えていた。ユダヤ人との接触時代は容易であり、何となれば教会内にもユダヤ・キリスト者がいた。

まずオリゲネスはギリシア語聖書のテクストを定め、それとヘブライ語テクストとの関係を検証しようとした。そのために彼が作ったのが『ヘクサプラ』である。ただし、彼自身はヘブライ語を読むことができなかったので、ヘブライ語テクストを知るために、代わりにアクィラ訳を読んだ。彼はこうしてテクストを定めたうえで、聖書解釈の理論や方法論を学んでいった。そのときの彼の教師となったのが、フィロン、パウロ、そしてラビたちであった。特に、生きたユダヤ教を継承するラビたちへの依拠は、オリゲネスの聖書解釈の最も特別な点であった。

こうして、オリゲネスは教会における学術的な聖書解釈の創始者となった。彼の影響は、ルフィヌスやヒエロニュムスを通じて、西方教会へも及んだ。言い換えれば、3世紀のカイサリアのラビたちは、オリゲネスを通してキリスト教世界全体の聖書解釈の伝統に影響を与えることがになったのである。

オリゲネスは、しばしば自身がユダヤ人に依拠していることを明言しないこともあったが、かといってユダヤ人を完全に敵に回すようなことはなかった。むしろ、異教徒によってユダヤ人が批判されると、ユダヤ人を擁護して反論する立場に回った。

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